
パークライフ PARK LIFE
文藝春秋
吉田修一 |
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パークライフ PARK LIFE
文藝春秋
吉田修一
ISBN 4163211802
芥川賞受賞作
他人だから、恋がはじまる。
東京のド真ん中「日比谷公園」を舞台に、男と女の今をリアルに描いた最高傑作!
地下鉄で人違いして話しかけた不思議な女との偶然の再会が、
僕の好奇心に火をつけて……。男女関係の“今”をリアルに描く傑作!
(文藝春秋公式HPより)
日比谷線の車内でちょつとしたハプニングが起こった。
しばらく霞ヶ閑駅に停車していた電車が、説明のアナウンスも特にないまま
空調を切り、まったく動かなくなってしまったのだ。
場所が場所だけに何か異臭がしないかと辺りを嗅ぎ回りたくもなる。
どれくらい停まっていたのか、ばくほドアに凭れたまま、
ガラス窓の向こうに見える日本臓器移植ネットワークの広告をぼんやりと眺めていた。
広告には『死んでからも生き続けるものがあります。
それはあなたの意思です』と書かれてあった。よほどぼんやりしていたのだと思う。
すでに六本木駅で電車を降りた先輩社員の近藤さんが、まだ背後に立っていると
錯覚していた。
「ちょつとあれ見て下さいよ。なんかぞっとしませんか?」
ガラス窓に指を押し当て、ばくは背後に立つ見知らぬ女性に笑みを向けてしまった。
辺りの乗客たちが一斉にぼくを見た。
とつぜん話しかけられて、その女性もきょとんとした。
しかし、乗客たちのあいだで失笑が起ころうとしたとき、
「ほんとねぇ、ぞっとする」と、その見知らぬ女がガラス窓の外へ目を向けて、
平然とぼくの問いに答えたのだ。今度はこちらがきょとんとなった。
「・・・・・・死んでからも生き続ける私の臓器ってイメージがちょっと怖いっていうか、
不気味な感じするよね」
女は続けてそう言った。
まるで十年来の知り合いに話すような口ぶりだった。
赤面で済んだものが、腋の下にじとっと汗まで滲んだ。
乗客たちは、しばらく言葉を交していなかっただけで、この二人は
知り合いなのだと判断したらしく、すでに興味を失っていた。
電車はその後もしばらく停車したままだった。
女は何ごともなかったかのように、中吊り広告を眺めはじめ、
ぼくはぼくで、なるべく目が合わないようにガラス窓に顔をはりつけ、
早く動いてくれ、と心のなかで祈った。
(本文より)
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