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ものづくりに生きる
岩波ジュニア新書
小関智弘
ビルの屋上から設計図で紙飛行機を折って飛ばせば、
3日後には製品となってもどってくる−
ネジ1つから、最先端のハイテク部品までを作り出す東京大田区の町工場街。
この町の技術の蓄積と奥深さ、職人たちの生きる姿を旋盤工50年の作家が
心を込めて描き、ものを創ることのよろこびと、働くことの意味を考える。
「機械にニンベンをつけて、仕事をするんだよ」
といわれたことがある。四十八年前、わたしが町工場の見習工になって
間もないころのことだった。わたしは、キョトンとしてしまった。
大きな工場の養成工とちがって、小さな町工場の見習工には、
特別な教育をしてくれることがない。
読んで字のごとく、仕事は見て習う。仕事を教える先輩たちは、
戦前の徒弟制度の時代に工場に入って、七年も八年もの長井年季奉公のすえに、
ようやく一人前の職人になった。戦争が終わって、徒弟制度はなくなったものの、
わたしが見習工になった昭和二十六(一九五一)年ごろは、町工場では
まだ古いしきたりがたくさん残っていた。
「民主主義の時代になって、お前たちはいいなあ。給料をもらいながら、
仕事を教えてくれるんだから。こんなウマイ話ないぜ」
それくらいだから、朝は始業前に先輩たちより早く工場に入って、先輩たちの使う機械
に油を注しておく。夕方には、油まみれの手を洗うお湯を沸かして、
洗い場に用意しておく。見習工は先輩の使っていた機械のまわりの掃除をし、
やがてもうすっかりぬるくなった残り湯で、自分の手を洗う。
その間じゅう、見習工は雑用に追われる。重い材料を運ぶ。
鍛冶場に火をおこし、職人の命令どおり大ハンマーを振る。
加工の終わった部品を洗湯で洗って箱に詰める。
時には私用にも使われる。自転車で、たばこを買いに走る。
あんちゃん、ちょっと用事を頼まれてくれるか、というからハイとこたえる。
「小便がしたくなったから、俺のかわりに用を足してきてくれ」
なんていう冗談をとばされたこともあった。戦後間もない町工場の見習工は、
まだ”追い回し”であった。
(本文「俺のかわりに小便してこい」より)
目次
一 機械にニンベンをつけるとは、
二 手で人生を拓く
三 まぼろしの指
四 工場の仕事は味気ない?
五 夫婦工場・夫婦鍛冶
六 技術の伝達者たち
七 プロセスが大事
八 仕事と遊びの境界
九 教科書のない仕事
十 わたしの転機
十一 いま町工場は
あとがき
700円(税別)
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