蟹工船・不在地主
新日本出版社
小林多喜二
ISBN 9784406022941
「おい、地獄さ行ぐんだで!」
二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝦牛が背のびをしたように延びて、
海を抱え込んでいる函館の街を見ていた。
漁夫は指元まで吸いつくした煙草を唾と一緒に捨てた。
巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹をすれぐに落ちて行った。
彼は身体一杯酒臭かった。
赤い太鼓腹を巾広く浮かばしている汽船や、積荷最中らしく海の中から片袖を
グイと引張られてでもいるように、思いッ切り片側に傾いているのや、
黄色い、太い煙突、大きな鈴のようなヴイ、
南京虫のように船と船の間をせわしく縫っているランチ、
寒々とざわめいている油煙やパン屑や
腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波……。
風の工合で煙が波とすれぐになびいて、ムッとする石炭の匂いを送った。
ウインチのガラガラという音が、時々波を伝って直接に響いてきた。
この蟹工船博光丸のすぐ手前に、ペンキの剥げた帆船が、
へさきの牛の鼻穴のようなところから、錨の鎖を下していた。
甲板を、マドロス・パイプをくわえた外人が二人同じところを何度も機械人形のように、
行ったり来たりしているのが見えた。
ロシアの船らしかった。
たしかに日本の「蟹工船」に対する監視船だった。
(本文「一」より)
■蟹工船・不在地主 目次
蟹工船
不在地主
解説・・・・・伊豆利彦
■蟹工船・不在地主 著者紹介
こばやしたきじ
小林多喜二
(1903〜I933)
代表的な革命作家、評論家。
秋田県の農家に生まれ、小樽に移住。
小樽高商を経て銀行へ就職。
「一九ニハ年三月十五日」「蟹工船」を発表、
日本のプロレタリア文学を世界的な水準に高めた。
日本プロレタリア作家同盟書記長。
31年日本共産党に入党、33年2月官憲の弾圧によって
地下活動中逮捕、築地署で虐殺された。
「東倶知安行」「不在地主」「工場細胞」「転形期の人々」「党生活者」等がある。
小説、評論、日記など全作品は、『小林多喜二全集』(全7巻当社刊)に所収。
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