
|
|
サッカーの情念
サポーターとフーリガン
社会評論社
パトリック・ミニョン
スタジアムの、あの「感動の共同体」の正体は何か?
さて、ここにきて、サポーターの活動形態はいよいよ暴力的になってゆく、
しかもその活動が他のサポーターとの計画された抗争を求めるあまり、
ゲームの行方とはまつたくかけ離れているとい、つ意味で、
サポーター活動はますます合理的になつてゆく。
伝統的な暴力は社会的な標識の安定性を前提としてきた 。
しかし、労働者階級のプルジョワ化、周縁化あるいは消滅による
労働者階級の脱構造化という文脈は、否応なく若者たちをあらゆる機会を
捉えて自らの存在を主張させ、なんとしてもその姿を社会に目に見える形で
示そうとする(可視化)戦略へと押しやった。
フーリガンはサッカーの進化が生んだモチーフと空間をその手に捉えたのだ。
それゆえ、フーリガニズム(フーリガン稼業)は、もはやスポーツの
勝敗が賭けるものとは一致しなくなったものを巡るサポーター間の敵対関係の
自律化にほかならない。
この自律化を理解するためには、サッカーにおける
「エンド」から解きはじめねばならない。
エンド文化はその源を1960年代中頃のリヴァプールに発している。
コップという語は、FCリヴァプールのスタジアムのエンドの1つの名からきている。
実際はボーア戦争におけるスパイオン・コップの戦いから取られているこのコップに、
もっとも若く、金がなく惨めで、もっとも熱狂的なサボーターたちが集まっていた。
あの淫らで人を侮辱する歌をスタジアムのレパートリーに加えたのも、
ビートルズのご当地におけるライバル・グループ、
ジュリー・アンド・ザ・ペースメーカーズが手直しした伝統的な曲で、
クラブの愛唱歌「ユール・ネバー・ウォーク・アロン」のようにポップミュージックを
援用したのも、この若いサポーターたちである。
(本文「フーリガンのキャリア、スタイル、戦略」より)
目次
第一部 サッカーの情念
第一章 感動と認識
第二章 サッカー社会におけるサッカー
第三章 サッカー文化と経済的変質
第二部 イギリスモデル
第一章 イギリスにおけるサッカー問題
第二章 フーリガニズムとサッカーの近代化
第三章 フーリガニズム―社会問題と道徳的パニック
第四章 サッカーの近代化―市場とスタイル
第三部 フランスのサッカー文化
第一章 サッカーの情念の間歇性
第二章 もうひとつのサポーター活動へ
第三章 サッカーの新たな意味―パリの場合
終章 ワールドカップ・フランス98 そして、その後
2600円(税別) |