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Passion
情熱
NHK出版
フィリップ・トルシエ
「夢は実現させるためにある」
人生の120パーセントをサッカーに捧げる男が
始めて語った自らの軌跡、そして日本代表のこと。
対戦国決定!トルシエは語る。
「グループリーグをいかに戦うか」
(付)
ファイナルメッセージ
祖父の家で真夜中に見た初めてのワールドカップ、
いつかその舞台に立てるような気がした。
働きながらもプロになる夢をあきらめなかった。
アマチュアクラブで選手と泥にまみれながら、大学に通い、
一流選手になるための武器を身につけた。
トルシエ監督の人生にはいつも冒険がある。
日本代表を率いた挑戦が最終章を迎えた今、すべてを語った。
3年前からイタリアにいる中田英寿のように、実力を証明する場は、
あくまでもピッチの上だ。Jリーグのトップスターだった中田が、
ASローマでは控えにまわることが多かった現実を見ると、
ヨーロッパ組には険しい道のりが待っていることが想像できる。
日本のマスコミでスターの称号を与えられてJリーグからやって来た若者は、
ロンドンであれロッテルダムであれパルマであれ、競争の厳しいリーグで
輝きたいと望むのなら、飾りものは脱ぎ捨てて、ユニフォームとスパイクだけを
頼りに戦うしかない。残念ながら、日本の記者たちは、トップレベルにおける
この厳しい法則を、自分の国の選手に伝えることができていないようだ。
マスコミとスポンサーは、選手たちを神様のように扱いながら、
スターをつくりだしていく。
しかし、ピッチの外でつくられた人気は、サッカーのレベルを必ずしも
反映しないという危険性がある。
ナイジェリアのワールドユースでヒーローとなった小野は、その後の負傷で、
しばらく所属クラブでも代表でもプレーすることができなかった。
マスコミはそんなことはお構いなしに、彼の賞賛キャンペーンを繰り広げていた。
シドニー・オリンピックとレバノンのアジアカップで大活躍した中村も同様だった。
けがをして、試合に出なくなってからも、マスコミへの登場頻度がもっとも
高い選手のひとりだった。
中村の場合、久しぶりの代表復帰となった、2001年8月の
対オーストラリア戦アジア・オセアニア・チャレンジカップ)は、
異様なほどの注目を集めた。体調が万全とはいえなかった中村を呼んだのは、代表チームの空気になじませて、早く自信を取り戻させることが目的だった。
しかし記者たちが興味を示したのは、中村は試合に出るのか出ないのか、
この一点だけだった。
同様の例として、鈴木のケースもあげることができるだろう。
コンフェデレーションズカップの対カメルーン戦で2点のゴールを決めたことで、
彼は突然ヒーローに祭り上げられた。
この現象は、ピッチにおける真の実力と、マスコミにおける選手の
価値のあいだに落差があることを暴く結果となった。
(本文第5章「監督という孤独な仕事・スターを作るシステム」より)
1400円(税別)
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