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目利きの利目
平凡社
中島誠之助
中島誠之助、己れの人生を鑑定す
「骨董屋からくさ」の店仕舞いに始まり、家族・趣味に至るまで、
意外な一面を覗かせる著者の人生全てがこの1冊に含まれる。
中島誠之助を知る虎の巻。
古伊万里の値段を決める男として知られた著者は、
「骨董屋からくさ」を店仕舞いして第2の人生をスタートさせている。
鑑定士としてテレビなどで見せるキリッとした態度とは別に、
家族や犬や山を愛する優しい一面がある。
知られざる中島誠之助とは?
わたしは駆け出しの頃、小林秀雄の鎌倉の家を
訪ねるチャンスを持ったことがある。
英国の17世紀に作られたウィンザー・チェアを納品にいく
友人骨董商の手伝いでいったときのことで、この高名な評論家の声を
応接間の隅で小さくなって聞いたのである。
前へ出なさいといわれても、
わたしは畏敬の念で体が動かなかったのである。
小林はいう「若いときは金がなくて、せめて素うどんに卵をおとして
食べられたらいいなと思ったよ。初めて骨董を買ったのは
原稿が売れるようになってからのことで、安かった朝鮮の白い壷を買ったんだ。
それがどういう物かよく分からなかったんだが、
どうしても欲しくて買ってからは、毎日ひまさえあれば
朝から晩まで眺めていたよ。あのころの貧乏文士には、
茶道具なんてものは高くてとても手が届かなかったんだ」と。
小林秀雄のこの一言こそ、美術骨董を求めようとするすべての人に
聞かせたいのである。
素性はよく分からなかったが白い壷が心を打ったのである。
そして自分のものにしてから、飽きることなく眺めつづけたのである。
初めて得た原稿料で、買える範囲の骨董品が白い朝鮮の壷だったのである。
世の数奇者たちがもてはやした茶器のたぐいは、小林にとっては
高額の花であるということよりも、それは美としては
過去の栄光の残滓にすぎなかったということである。
小林が世を去って20年近くになるが、その思索と
文学の一致を追慕する人は絶えない。
そしてその時の白い壷は、17世紀を代表する朝鮮の名陶として、
現在いずれかの美術舘に収蔵されているはずである。
発想の転換とは、たえまなく続いていく日常を一時カットして、
自分の好きなものを無心に見つめることにある。
小林の不動の名声と白磁壷の発見がそこにある。
(第一章 骨董屋「骨董を始める人に」より)
目次
第一章 骨董屋
第二章 人生・家族
第三章 わが家の文化財
第四章 旅・趣味
第五章 酒食
1700円(税別)
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